「ピアノを弾く人は手先が器用」
「手先が器用じゃないとピアノは上達しない」
そんなイメージがあるようです。
私は一応ピアノの先生をやっているのでそれなりに弾けますが、手先が器用かといえばそんなことはない。
むしろ不器用。
ピアノが弾けるからといって、手先を使う他のことも器用にこなせる、ということではないようです。
ピアノ弾きの手は「ピアノを弾くための手」になっている。
そこのところを詳しくまとめてみました。
裁縫とか苦手・・ピアノ弾けるけど不器用です
私は4歳からピアノを始め、先生についていなかった期間は少しありますが、全く弾いていなかった時期はほとんどなく今に至ります。
つまり、手先をよく動かしてきたわけですが、じゃあ器用か、といえば、そんなことはありません。
編み物とか、お裁縫とか、はっきりいって苦手です。
それは私が勝手に考えていたことではなく、親もそう思っていました。
ある日母が、「ぶきっちょさんの〇〇・・(正式な題名は忘れました)」という編み物の本を買ってきてくれたことがります。
母も、私が不器用だと思っていたということです。
実際、編み棒の先で毛糸をすくうときにすべることすべること・・。
こんなこともできんのか!とイライラしてきます。
裁縫もそう。
編み物より縫い物の方が今でもする機会はありますが、なかなか・・・
手縫いで繕い物をしようものなら、縫い目の幅はまちまち・・真っすぐ・・じゃないよね~という状態です。
手先が器用だなんて、絶対に言えません!
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本来の手・指の役割とは?
人間にとって手や指は、かなり自由に動かすことができる構造になっています。
複雑な手指の動きが可能であるということは、日々生活するうえでもとても重要なことですよね。
手指の役割、基本の動き
人間にとっての手や指の基本的な動きは、以下のようなものです。
- つかむ
- つまむ
手全体を使う「つかむ」という動作、そして、指先で「つまむ」という動作。
こうした「微細運動」が可能なことが、人間(霊長類)と他の動物との大きな違いであるといわれます。
「つかんで(または、つまんで)放す」という動作が、自分の意思でできるようになること。
それが、その後に獲得するさらに複雑な動きを可能にする基礎になります。
- スプーンやフォークを握る
- 鉛筆を持つ
- 箸を持つ
- はさみを使う
といった動作が正しく行えることを可能にしていきます。
もちろん、手指だけが勝手に発達していくわけではありません。
体全体のバランスや肩から腕にかけての動き、目との協応など、様々なことが関連しています。
手指の発達過程
手指の運動機能の発達過程を簡単にまとめてみます。
0歳 | 3か月:物をつかもうとする 5か月:見たものをつかむことができる 6ヶ月:持ったものを放すことができる 7か月:手の指がはたらき始める 8か月:指先でつかむような持ち方ができる 10か月:指先と人差し指、中指が相応してつかむような持ち方ができる |
1歳 | 0か月:つかみ方、放し方が完成する 6ヶ月:積み木を3つ積み重ねる。スプーンで食事をする。わしづかみでなぐり書きができる。 |
2歳 | 積み木を6,7個積み上げられる。 絵本のページを1枚ずつめくられる さかさまにしないで、スプーンを口に運べる |
3歳 | 積み木を9個積み上げられる スプーンからほとんどこぼさない 握り箸で箸を使える ハサミを使える |
こうしてみると、0歳のうちからどんどん指先を使えるようになっていくことがわかります。
それだけ、手指の機能は重要だということですね。
「つかむ」から「つまむ」へ。そして、箸やハサミを上手に使えるようになっていく、という順序です。
ピアノ弾きの手は「ピアノを弾くための手」になっている
人間の手の基本の動きは、「つかむ」「つまむ」といったこと。
でも、ピアニストはちょっと違ってしまうらしい・・・
ピアニストとそうでない人の違いを、脳科学の視点からまとめた本『ピアニストの脳を科学する~超絶技巧のメカニズム~』に、こんな記述がありました。
指を動かす神経細胞に電気刺激を与え、この神経細胞の働きがピアニストとそうではない人とで違いがあるかを調べた研究があるということです。
神経細胞に頭蓋骨の上から電気刺激を与えるというのは、TMS(経頭蓋磁気刺激法)と呼ばれるもので、脳科学の分野でよくおこなわれる方法だということです。
このTMSをピアニストと音楽家ではない人を対象におこなった結果、手指を動かす神経細胞を刺激したときに起こる手指の動きが、異なることがわかりました。
音楽家ではない人の場合は、物を掴むような手の動きが起こったのですが、ピアニストは、ピアノを弾くときの指の動きにより近い、複雑な動きが起こったのです。
つまり、ピアニストの手指を動かす神経細胞は、長年の練習によって、複雑な指の動きを生み出しやすいように特殊な変化をとげていたのです。ピアニストの脳は、ピアノを弾くことに特化した機能を持つように、洗練されているわけです。
『ピアニストの脳を科学する~超絶技巧のメカニズム~』「第1章 超絶技巧を可能にする脳」よりP.10~11(太字は原文通り)
また、次のような記述もあります。
MRIを使って、ピアニストの脳の運動野(指を動かす神経細胞が集まった部位)の体積を測った研究者がいました。その結果、動かしにくい左手の指の動きをつかさどる脳部位の体積は、音楽家ではない人よりもピアニストのほうが大きいことがわかりました。さらに、ピアノを弾き始めた年齢が早い人ほど、この脳部位の体積は大きかったのです。
別の研究では、運動の学習や、力やタイミングの調節に関わっている脳部位(小脳)の体積を、ピアニストとピアノ初心者で比較した結果、ピアニストのほうが小脳の体積が5%ほど大きいうえ、1日の練習時間が長いピアニストほど、小脳の体積が大きいということがわかりました。(中略)ピアニストは音楽家ではない人よりも、単純に計算すると、小脳の細胞が50億個近く多いということになるわけです。
同上P.12(太字は原文通り)
ピアニストの脳は、「ピアノを弾く機能」を持ってしまっている、ということですね。
手指の重要な役割である「つかむ」という動きより「ピアノを弾く」ような動きをしてしまうなんて・・!
ちょっと驚きです。
そして、指を動かすための神経細胞の数が多いとのこと。
やっぱり、ピアノを弾く人は指先が器用なのかな・・
関連記事→引用した『ピアニストの脳を科学する~超絶技巧のメカニズム』をこちらで紹介しています。
「ピアノを弾ける=器用」ではない
ピアニストは指を動かす神経細胞が多く、脳の働きが複雑な動きを可能とするようになっている。
ということなら、やっぱり「ピアノを弾く人は器用」と思えてきます。
でも・・
重要なのはピアノを弾く量
より深く見てみると、結局手先の器用不器用は、指先を使う特定の動作をいかによくしているか、ということになるのではと思います。
上に挙げた引用文からも分かりますが、
- ピアノを弾き始めた年齢が早い人
- 1日の練習時間が長い人
ほど、指を動かす神経細胞は多いということ。
どれだけ多くピアノを弾いてきたかによる、ということですよね。
たくさんピアノを弾くことで、”ピアノを弾くための”神経細胞が増えた、ということではないでしょうか。
「ピアノ」を「編み物」に変えても同じことなのではないかな。
その動作をしなければ器用に動かせるようにはならない、ということ。
「ピアノを弾けるから器用」ではなく「ピアノを弾いてきたからピアノが弾ける」ということ。
編み物をよくする人は「編み物をするための動き」をよくすることになり、そのような動きをするための脳の機能が出来上がる、ということなのでは。
ピアノを弾けるから、編み物や縫物も得意で包丁さばきも見事!
ということにはならない。
ピアノを弾けることと手先の器用不器用は、直接的には関係ないのでは、と思います。
「器用だからピアノが弾ける」とか、「不器用だからピアノを弾けるようにはならない」ということではなさそうです。
手先の器用不器用は手先だけの問題ではない
でも、実際「手先の器用不器用」ということはありますよね。
同じ指先の動きでも、さほど苦も無くできる人と苦労する人がいるのは事実。
練習をすればいずれできるようになるのでしょうが、すぐできる人とすぐにはできない人がいるのは何で?
これはまた別の難しい問題ですよね。
上にもちょっと書きましたが、手先は手先だけが勝手に発達するものではない、ということ。
姿勢、目線、肩から腕にかけての動き・・いろいろなことが関係しています。
これ、ピアノを弾く場合にも気をつけなければいけないこと。
そして、いろいろな指の動きを経験してきているか、ということも大きいような気がします
どうもぶきっちょだと思う人(私も)、手先だけではなく体全体に目を向けてみること、もう少し指先を意識していろんなことをしてみること。
そうすると、苦手だったことがちょっとはできるようになるかもしれません。
(公開日:2017年7月6日 最終更新日:2024年8月27日)
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